【メタエンジニアの戯言】フィードバックは「フィードバック」にあらず?
2024.06.10松林弘治の連載コラム突然ですが、「フィードバック」(feedback)というコトバを目にして、何を思い付かれるでしょうか?
もしかしたら、ジョン・レノン、ピート・タウンゼント、ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックス、テッド・ニュージェント…といった名前が脳裏に浮かぶ方がいらっしゃるかもしれません(笑) これは、エレクトリックギターなどの「フィードバック奏法」のことですね。
あるいは、電子回路の世界では、増幅回路の出力信号の逆相を帰還回路を介して増幅回路の入力に加え、歪みやノイズを抑制しつつ、広い周波数帯域と安定した利得を得る、負帰還(negative feedback)増幅回路がよく使われますから、こちらを思い起こす方もおられることでしょう。
はたまた、より汎用的なシステム工学における、「閉ループ」「特性方程式」「ナイキストの安定条件」などのキーワード、すなわちフィードバック制御系のことを思い出される方もいらっしゃるでしょう。さらに開ループのフィードフォワード制御を組み合わせるケースもありますね。
教育、特に言語習得の世界では、学習者の誤りを言い直したり説明したりして、習得プロセスを助ける方法として、訂正フィードバック(corrective feedback)が用いられます。
これらさまざまな「フィードバック」の語源の大元を Oxford 英語辞書で調べてみると、やはり、電子工学の分野で1920年に生まれ、その後さまざまな分野に転用されていったようです。
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…余談が過ぎました。それはさておき、今回は、ビジネスの世界で使われる「フィードバック」のお話です。
厳密な定義がある用語ではないかもしれませんが、おおむね「行われた仕事の結果に対して評価したり、要改善点を指摘したり、あるいは話し合うことで、設定された目標や目的のより良い達成を目指すこと」、とでもなるでしょうか。
しかし、実際のところ、本来のフィードバックの「入力に働きかけることで、系の出力を目標状態に近づける」というニュアンスが希薄になっているのでは、あるいはそのように受け止められているのでは、そんな風に感じてしまう時もあります。
つまり、上述の定義でいうところの前半、「行われた仕事の結果に対して評価したり、要改善点を指摘したり、あるいは話し合う」だけが強調され、フィードバックの本来の目的である後半の「設定された目標や目的のより良い達成を目指す」の印象が薄くなったり、中にはないがしろにされてしまう場合もあるのかも?ということです。
よく耳にする「ネガティブフィードバック」というコトバからは、フィードバックをもらう側としては「否定的なことを言われる」「悪い評価が与えられる」というイメージをもたれやすい、そんなことも関係しているのかもしれません。
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身近なフィードバック制御である自動給湯器で、温度センサからの値が低すぎるからといって、制御コンピュータユニットが水道管に対して「おい、なんで流れてくる水の温度がいつもより低いんだよ?!」と怒ったり、ガス湯沸かしユニットに対して「水を加熱する時の気合いがなっとらん!」とキレたりすることはありません(笑)
しかし、ビジネスの世界では、フィードバックを与える側も受け取る側も人間ですから、気持ちや感情を抜きにするのがどうしても難しい場合もあったりするでしょう。
言い方を当たり障りなく柔らかくすればいい、そんな単純なことではないわけですが、フィードバックを与える側も受け取る側も、「なんのための指摘やアドバイスなのか」についての共通認識を持てるような環境づくりを行うのが大事だなぁ。つい先日、某所で目にしたケースで、そのように思ったのでした。
松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。