【メタエンジニアの戯言】「顧客が本当に必要だったもの」2024
2024.08.06松林弘治の連載コラム2024年4月、都立公園のスポーツ施設利用予約・抽選申込システムがリニューアルされました。テニス、野球、サッカーなどでお使いの方もいらっしゃるかもしれません。
3月までの旧システムは、10年以上前に開発されたもので、PC用画面、スマホ用画面、ガラケー用画面などが用意されていました。
その旧システムでは、利用者登録証(物理カード)の発行を各施設の管理事務所で行わねばならず、また3年ごとに更新手続きが必要でした。時間帯によっては、システムが重くなりすぎて操作できなくなることもあったほか、一部の公園で実施されている早朝(7時〜9時)枠はシステム管轄外で、別の方法でのアナログな手続きが必要だったため、非常に煩雑でした。
このように使い勝手はあまり良くなかったものの、なんだかんだと長らく使われていた、その予約・抽選申込システムが、満を持して4月にリニューアルされたのです。
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新システムでは、レスポンシブな画面構成で見た目もいま風になり、利用者登録も(SMS認証によって)オンライン上で行えるようになりました。また、事前に利用料をオンライン決済できる機能も実装されたほか、利用者IDをスマホの画面上でバーコード表示できる機能もつきました。
スパイク的な高負荷対応もきっとサーバ側でされるだろうなぁ、バーコード表示で利用当日の管理施設での受付手続きもスムーズになるだろうなぁ、と期待していました。
ところが、ふたをあけてみると、確かに便利になったところもあるのですが、逆に不便になり時間がかかりすぎることが目につきました。新システム稼働開始から4ヶ月経過したいまでも改善の兆しはありません。
わたし自身や知り合いの観測範囲ではありますが、リニューアル前よりも当日の利用手続きに時間がかかってしまい、テニスコート数の多い公園での受付では行列が伸びる一方にみえます。また、受付担当者の方々のアナログな作業が増えてしまったためなのか、以前にも増して事務作業に苦労されているようにみえ、とても気の毒に感じられます。
さらに、早朝枠の抽選結果は新システム上で表示・管理されるようになったのに、キャンセルされた早朝枠を利用することがなぜか不可能になってしまいました。3月までは、電話や窓口で問い合わせ、空きがあれば利用できたのですが、「新システム移行に伴い早朝枠キャンセル分の再割り当てができなくなってしまった」という受付業務担当者の悔しそうな説明がありました。
「誰も使っていない早朝枠コートが目の前にあるのに使えないのはおかしい」「以前より使いにくくなった」「管理事務所のスタッフの方々の手間が増えているようでかわいそう」「前の方がよかった」などなど、周りでは利用者のいろんな意見を耳にします。
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わたしは当該システムリニューアル案件の受発注に関わったわけではないので、本当のところはわかりません。また、開発に従事された方々を批判するつもりもありません。
しかし、エンジニア目線やプロジェクトマネジメント目線から、いったい何が起こってしまったんだろう、なぜリニューアル後の方が不便になりアナログ的作業が増えてしまったんだろう、と、想像をたくましくすることはできます(笑) 特に、変更・追加された機能やフローを眺めることで、「どのように開発しようとしていたのか」「何がどのようになぜ要件定義から抜け落ちたのか」を間接的に類推する余地はありそうです。
そして、こんなことも思考実験として考えられます。
「現状のまま、少しでも受付担当者の不便を解消するアドホックな方法はないか」
「現時点から最小の工数で、少しでも改善する手として何が考えられるか」
「システムのリニューアルが計画された当初の段階で、どのような注意をしておけば、顧客(=スポーツ施設利用者、そして管理施設の受付担当者)が困らずに済んだか」
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次回コートを利用する際、受付がすいている時間帯を狙って、受付の方に(迷惑でない範囲内で)使い勝手などいろいろヒヤリングをしてみたいところです。せめて、これら全体を学びの貴重なサンプルとして活用しなければ、と、部外者として思いました。
そして、基幹業務システムの改修やリニューアルなどでも、同様の事例をよく観測します。開発やマネジメントの方法論を知るのが大事であるのと同様に、世のさまざまな生きた事例からも学び考え続けていきたい、そのように感じさせられた今回の一件でした。
松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。