【メタエンジニアの戯言】AI時代だからこそ必要な論理化・言語化スキル
2025.03.11松林弘治の連載コラム
ChatGPT の(現時点での)最上位有料プラン「ChatGPT Pro」に「Deep Research」が登場したのは2月上旬のこと、少し遅れて2月末には、他の有料プランでも提供が開始されました(毎月の利用回数は10回に制限)。時期を前後して、Gemini や Perplexity、Grok など他のサービスでも同様の機能の提供が開始されました。
これらのいわゆるリサーチ型AIエージェント機能は、回答が得られるまでの時間が比較的長かったり、ハルシネーション(事実とは異なる情報を出力してしまう現象)は依然としてゼロではないものの、生成AI登場からたった2年強でこのレベルまで来てしまったのか…と感嘆させられる回答を出力してくれます。
ものは試しに、私のディープな趣味の1つ(プロフェッショナル分野でのオーディオ工学の歴史調査)に関する質問をしてみたところ、ごく一部の間違いを除いて十二分に満足できる出力が得られました。公開されたばかりの2年前の生成AIに当時同じ質問をして出力された頓珍漢な回答とは雲泥の差です(笑)
そして、調査すべき対象の探索、調査の手順の確認、確認できた事実から論理の組み立てと推論、最終的なまとめ、と、私自身が行ったのとほぼ同等の過程をたどっているのを確認しました。しかも、所要時間は私が費やした数ヶ月以上に比べ、たった5分程度でした。
ここまでくると、コーディング、設計、資料調査、分析、ブレスト、アイデア出し、コーチング、などなど、広範な分野でますます活用できる、と自信を持って言えそうです。出力の正確性を人間が確認する必要、さらには正確性を判断できるだけの知識や知恵を備えていることは当然必要であるものの、曖昧さを排除し論理的に問いかけさえすれば、有能なエージェントや秘書としてかなり活用できるのではないか、そんな印象を持ちました。しかも、今後ますます能力が上がることが期待されているわけですよね。
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感嘆する一方で、これらテキストベースの生成AIは「言語化による指示」が前提である、という、当たり前の事実を改めて強く認識させられます。
ここまで精度が上がり、ハルシネーションも徐々に軽減している(ように感じられる)とはいえ、プログラミング言語のような人工言語のように厳密に構築されているわけでない、個々人でニュアンスや言外の意図が異なる、自然言語を使って生成AIとやりとりを行うわけです。つまり、生成AIが質問者の意図を正確にはかりかね、誤った推測をしてしまわないよう、より論理的で意味が一意に定まるように言語化してプロンプトを書く必要があるということです。
「これは十二分に活用できる」という方と、「まだまだ使えないな」という方と、両方いらっしゃると思いますが、もしかしたら、この両者の間には「生成AIに正確に論理的に伝わるような、自然言語による指示の組み立てスキル」というのが関係しているのかも知れないなぁ、そんな風に思ったわけです。
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そしてもうひとつ、テキストベース生成AIでは「世の中で言語化されている情報」が前提である、ということも認識させられます。
再び趣味全開ですみませんが、例えば「AというアーティストのBという曲でサンプリングされている、明らかに1930年代ジャズと思われる元曲を調べたい」という質問をしてみたのですが、何度もやりとりをしても、結局正しい音源に到達できませんでした。Deep Research の調査推論過程を眺めていると、世界中のありとあらゆるサイトの情報を検索していましたが、どうやら誰もその元ネタについてオンラインで言及していないようで、正答に到達できなかったようでした(ちなみに私もいまだに元ネタを特定できずにいます)。
時代が進めば、ますますマルチモーダル化が進み、このような制約は過去のものになると期待されますが、少なくとも現状では「言語化された大量の情報が存在する」ことが大前提である、ということになるでしょう。
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これはビジネスの世界ではさらに重要な前提となるでしょう。RPA、ローコード、ノーコード、といった業務効率化のための各種ツールにおいても、最大の壁は「可視化・データ化・言語化されておらず、属人化によってブラックボックスと化したままの複雑な業務やそのフロー」にあることが多いですが、これらに生成AIを活用する時代が来たとしても、やはりまず人間がブラックボックスを調査し論理的に言語化する必要がある、ということです。
ソフトウェア開発工程に例えると、プログラムコードからは解放されたものの、依然として業務分析、仕様策定、基本設計、詳細設計は必要なまま。それはそうですよね。脳に電極を指してコミュニケーションを行うような世界にでもならない限り(笑)我々は意思疎通を行う上で「コトバ」という表現方法から逃れられず、その言語化能力、論理構成能力を磨き続ける必要があるのです。
生成AIが驚異の進化をとげているからこそ、ますます人間側の言語運用能力、論理的思考力、コミュニケーション能力が重要になってきている、当たり前ではありますが、そのように改めて感じた次第です。

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。