【メタエンジニアの戯言】「ソロカル」と新技術受容

2024.03.06松林弘治の連載コラム
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先日は、縁あって、埼玉県越谷市の生涯学習系講座「こしがや市民大学」で登壇させていただきました。

この「こしがや市民大学」は、越谷市在住の有志の方々で構成された企画運営委員会で議論され、バラエティに富むトピックと講演者を選定することで、市民の方々の好奇心と学習意欲に応え、豊かな生活をサポートする取り組みです。

広いホールの壇上に立ち、300人を超える受講者の方々の前で話す、しかも受講者の多くが比較的年齢層が高め、という初めての経験でしたが、講演中に笑いも起こりつつ楽しい2時間があっという間に過ぎました。なにより、皆さんの知的好奇心の強さと勉強熱心さに感服しましたし、自治体が市民と共にこのような継続的な取り組みを行われているのは本当に素晴らしいと思いました。終了後には、熱心に質問してくださる方も何名かいらっしゃいました。

さて、そんな「コンピュテーショナル・シンキング」(≒プログラミング的思考)をテーマにした講演中、どよめきというか笑いというか、最も反応が大きかったのが、昔懐かしい「ソロカル」を紹介したスライドを写した時でした。

ソロカルというのは、1979年にシャープが製品化した、そろばんと電卓が合体した計算機器です。ちょうど電卓(電子式卓上計算機)の小型化・軽量化・低価格化が進み、それまでビジネスの現場で主役だったそろばんから卓上小型電卓への移行が進んでいた時期に登場しました。「電卓博物館」というwebサイトに、写真付きでラインアップが掲載されていますので、興味のある方はご覧ください。

残念ながら、当時私が実物に遭遇することはありませんでしたが、受講者の方々の多くも、このような機器が存在したことを今回初めて知ったようでした。ですので「懐かしい」という反応ではなく、「なんだこれは?」という驚きの反応だったようです。

そろばんと電卓、共にデジタル計算を行う機器であるのに、なぜ両方が合体したものが生まれたのか。今の目からみると「そろばん学習用に、検算のために電卓がついている」と考えたくなりますが、実はその逆だったようです。2019年のシャープの公式X(旧Twitter)アカウントによる投稿では、次のように説明されています。

電卓の黎明期に「電卓の計算結果が信用できない」という市井の声を聞いて、後から検算用のそろばんをくっつけて商品化したもの

つまり、電卓という新しい計算機が本当に正しく計算しているか確認するために、長年使われてきた当時現役バリバリのそろばんを合体させたものだったのです。

そういえば、ビジネスの世界に表計算ソフトが導入され始めた頃だったか、そのもっと後だったか、時期は覚えていませんが、表計算ソフトの計算結果が合っているか、手元の電卓で検算をする、という似たような状況を目にすることが少なからずありました。皆さんの中にも目撃された方、あるいは実際に行っていた方がいらっしゃるかもしれません。

インパクトのある新しい技術が生まれ、驚きをもって受け止められ、やがて普及していく過程においては、その新しい技術や製品がどのような仕組みでどのように動くか、メンタルモデルを個々人が構築していくことになります。その上で、自分がすでに理解しているものを参考に、その理解を拡張したり変形したりすることで、新たに理解しようとします。

一方、「やっぱり手に馴染んだ昔ながらのものの方が安心する」「新しいものや未知のものを使い始める時は緊張する」という精神的な側面も見逃せません。

ソロカルの場合、ボタンをポチポチ押すだけでいとも簡単に正確な計算をやってのける、そんな小さな機器に驚きつつも疑心暗鬼になり、同じく計算を行う機器であるそろばんが横にあると受け入れ活用していく上で安心する、ということだったのかもしれません。

また例えば、珠(たま)の操作が(キーボードでいうところのブラインドタッチのように)親指と人差し指に染み込んでいる人が、人差し指だけで目視で電卓を操作することにまだまだ不慣れで、自分の操作が間違っているかも、という不安から、より操作ミスの少ないそろばんで検算できると嬉しい、という需要だったのかもしれません。

日進月歩、どころか、一体我々の近未来はどうなってしまうんだろう、というレベルで技術発展が加速している昨今、今まででは考えられなかった新しい概念の技術にますます向き合っていくことになります。

その際、われわれはどのように受け入れていくのか、あるいは、更に時代をさかのぼれば第一次産業革命時のラッダイト運動のような過激な反応をしてしまうのか(笑)、いろんなことを考えさせられます。

そんな中、「ソロカル」という象徴的な製品が存在していた事実は、あるいみ微笑ましいものであると同時に、多くの解釈や学びが可能な、興味深い歴史のいちページだなぁ、と改めて感じた次第です。

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