【メタエンジニアの戯言】「名もなき家事」と論理的思考力
2025.01.06松林弘治の連載コラム
12月暮れのとあるオンラインミーティングの雑談中、「名前のない家事」あるいは「名もなき家事」という興味深いキーワードを教えてもらいました。
いわく、「掃除」「洗濯」「ゴミ出し」などの家事ではなく、それらの家事の前後に多数発生する無名の作業を指すんだとか。例えば「シャンプーを入れ替える」「子どもを起こす」「トイレットペーパーを交換して芯を捨てる」「サイズの異なるタッパーをきれいに重ねて収納する」など、なんだそうです。
この話を聞いた際にまず思ったのは、「このコトバはいつから使われていたんだろう?」「どういうきっかけで広まり出したんだろう?」ということでした。で、いつもの Google Trends にお伺いをたててみたところ、初出は2017年5月、最初のピークは2019年9月でした。それぞれ、共働き夫婦の「家事」に関する意識調査発表、そして名もなき家事に関する書籍の出版に対応しているようでした。なるほど。
残念ながらその書籍は未読なので、以下、的を外している可能性もありますが、長年セミ主夫をやっている身として(笑)、そしてソフトウェアエンジニアや情報系教育者として、この「名もなき家事」の指すタスクに少し引っかかったのです。
これって、ビジネス現場での「WBS」(Work Breakdown Structure: 作業分解構成図)であったり、コンピュータサイエンス分野における「コンピュテーショナル・シンキング」でいうところの「分解(Decomposition)」、そして分解された個々のサブタスクのことだよなぁ、と思ったわけです。
つまり、大きく複雑なタスクや問題は、管理しやすいサブタスク(チャンク)や小さな部分問題に分割して取り組むわけですが、それらのひとつひとつに名前を割り振っているわけではないですよね。
どうやら「名もなき家事」というコトバは、普段はオフィスで仕事をしていて、家庭における諸々の家事についてピンときておらず、家事や育児にあまり積極的ではなかったりするパートナー(往々にして男性?)を念頭に、家事のサブタスクに名前をつけたら手伝ってもらいやすくなるのでは、という流れで生まれたのかもしれません(繰り返しになりますが、2019年の書籍は現時点では未読のため、的を外していたらすみません)。
家事と仕事、どちらもタスクだと理解すれば、いろんな家事のタスクを分析し、サブタスクに分割して粛々と遂行すればいい、なんならWBSやコンピュテーショナル・シンキングを学んでもらえばいいのでは(笑)など、そんな風に考えたりもしました。つまり、そのような思考法は学習により強化できるかもしれない、と。
話は突然変わりますが、以前とあるところで、Yさんという方から「名もなき家事」に関するこんな話を伺いました。「ゴミ収集日に、ゴミ箱にセットした袋を取り出し、袋を結びつつ、次のゴミ袋をセットする際、ゴミ袋を置いてある場所が離れているため、作業動線が非効率であると気づいた。そのため、ゴミ箱の底にゴミ袋の予備を重ねておくことで効率化できることに気づいた。このような工夫を日々すること自体が楽しい。」
同様の話は、洗濯や料理にも及び、「時短料理自体は否定しないが、通常の作り方を学び、調理作業の何をどのような理屈で時短しているか、時間短縮というメリットの代わりに何に目をつぶることになっているか、を理解した上で時短料理をやらないと意味がない」なんていう名言まで飛び出しました(笑)
まるでコンピュータ科学者が家事を分析したかのような、同時に生活の知恵満載の、これら至言の数々ですが、なんと実はYさん、わたしの行きつけのこじんまりした個人居酒屋さんを切り盛りされている方(私より年下の女性)なのです。そういうわけで、いつもこの方には「絶対今からでも優秀なエンジニアになれる素質がありますよ!」と言っているのですが(笑)
当然ですが、Yさんは、長年飲食業に従事されてきた方であり、過去にコンピュータ科学を学んだ経験はありません。それなのに、日々実践されていることや思考法の隅々に、我々エンジニアと似た匂いを感じます。つまり「体系的な学習は未経験だが、日々の生活を通して応用力の高い思考能力を獲得している」ことになります。確かに、昔から「おばあちゃんの知恵袋」というコトバがあるように、家事や生活にまつわる様々な知恵から我々が学べることは無尽蔵にあるのかもしれませんね。
この話は、ちょうど前回のコラムで書いた「育成より選抜」の話の延長線上ともいえそうで、Yさんの箴言に感心したと同時に、「学習や指導によって、これらの思考力は高まるのだろうか」「やっぱり持って生まれた素質が大きいのだろうか」と、教育従事者として複雑な気持ちになったりもしました。
新年早々、とりとめもない話をつらつらと書いてきましたが、これらのスキルや思考法を教育によってサポートする方法論、学びによって強化する方法論、これらの探求が引き続き私の大きな関心事となりそうです。
そして、家事の中で私が唯一苦手(嫌い)な洗濯、これを楽しめるようになる方法も見つけなければ…

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。