【メタエンジニアの戯言】教育(共育)のKPIとジレンマ
2023.09.08松林弘治の連載コラム
2023年度が始まり、3ヶ月目に突入しました。皆さんの職場にも前途有望な新入社員が入ったり、お子さんが新しい学校に入学したりと、少しずつ新しい環境に慣れながら、新たな学びを進めている時期でしょう。
そんな中、私にとって、学校での授業・講義や社内の勉強会などを含め、さまざまな教育事業に携わり続けていると、ときに非常に悩ましくジレンマを感じることがあります。
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学校教育、学習塾、社員研修、人材(人財)育成、など、広義のいわゆる「教育事業」においては、複数の学習者(子ども/児童/生徒/社員/その他)を対象にして行うことがほとんどです。
その際、学習者グループはたとえば数年単位で入れ替わっていきます。例えば小学校でいうと、教員に対して、6歳〜12歳の対象学習者群が、年度を経るごとに順に入れ替わっていきます。
学習塾・予備校、中学受験生、高校受験生、大学受験生、などにおいても、人材育成や新規採用者対象研修の場合も同様に、ほぼ特定の年齢層を担当することになり、そして毎年学習者群が入れ替わっていきます。

教育従事者目線でいうと、ある年度に非常に優秀な学習者を育てられた、〇〇大学への合格者数がn人を超えた、平均点があがった、理解度などアンケートを通じた感想、などを数値化し、その指標が向上したなど、いわば KPI (Key Performance Indicator, 重要業績評価指標) 的に参照し、「今年度の反省点を来年度の授業に活かす」など行うことになるでしょう。微妙な言い方になりますが、極論かもですが、教育者目線で言えば「やり直しが効く」と言えるのかもしれません。
「ひとりでも多くの学習者のやる気と興味を醸成し、主体的な取り組みへといざない、結果として能力や理解のために手助けし後押しし続けたい」「ひとりでも多くの学習者の将来目指したい・やりたいこと探しをサポートし続けたい」「そのためにさまざまな創意工夫や試行錯誤を行い続けたい」という動機になるでしょうか。少なくとも私個人の場合はそんな感じです。
その一方で、「うまくいった上澄みの成功例」に目がいきがちになったり「概してうまくいった」と思いがちになる、というリスクも強く意識しています。例えば30人の学習者群に対して「特に優秀な5人を生むことができた」と受け取るか、「3人も落伍者を生んでしまった」と捉えるか、は、その教育従事者のスタンスや目標によって異なることになります。
確かに、多くの児童・生徒・学習者たちに、とてもうまく伝えられ、概して満足度も高いことが確認できたら、それはとても喜ばしいことです。しかし、ますます嫌いになってしまったり、やる気をなくしてしまった学習者数名がいるのも事実。彼ら彼女らを救うことができなかった、なんとことだろう…、と自分を責めたくなったりすることもある、そんなジレンマです。
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対学習者グループではなく、一対一の(またはそれに近い)関係でひとりひとりに対峙するスタイルもあります。例えば個別指導塾、家庭教師、一部のメンター制度、などがそれにあたるでしょうか。KPI的な見方でいうと、数年おきに学習者が交代していくので、上の学習者群に対する場合とあまり差がないようにも思えます。
しかし、ひとりひとりにより深く向き合うため、(個々の教育従事者自身にとっての)「成功」「失敗」はより重くのしかかってきます。もっとうまくサポートし、共同作業する方法があったのではなかっただろうか、と。
さらに、親・保護者による育児・養育の場合となると、対象者が途中で交代することはほぼなく、長期間に渡り(最も長い場合は「生誕から独立まで」)特定のひとりと対峙し伴走し続けますから、ますます責任の重大さを感じます。
クラスやゼミ、グループといった集団でもなく、家庭教師や個別指導のように定期的に担当が変わるわけでもなく、ひとりの人間と長期に渡り向き合うわけですから、こどもひとりひとりの個性にますます寄り添っていく必要があります。
同時に、「どうして子どもは親である私の気持ちを分かってくれないんだろう…」「あの時こうしていれば…」といった自責の念や責任の重さの痛感など、「子育てあるある」な親の悩みにも関係することになります。
当たり前ですが、我が子は常に我が子であり続けますし、リセットしたり、やり直しがきくものではありません。親や保護者、継続的なサポータとして、関わった結果の現状を冷静に受け止め、将来的なサポートの仕方を変えていき、彼ら彼女らの力になってあげ続けるしかないのです。
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実は先日、今年度も某小学校でのプログラミング授業が始まったのですが、最初の授業で今回のテーマを伝えたところ、「うわぁ〜、今年のプログラミングの授業、内容がつまんねぇなぁ〜」と授業中に大きな声で言った児童が1人いたのです(笑)もちろん、多くの児童はとても楽しんで夢中になり話を聞いてくれ、手を動かしたり積極的に意見を出してくれたりしているのですが、あの「つまんねぇ〜」と言った児童をどうやったら振り向かせることができただろうか、次の授業ではどうやったら面白さが伝わるだろうか、そんな風に考えていました。
だからといって、安直な正解のある世界ではないことも分かっています。学校であれ、職場であれ、家庭であれ、学習者に寄り添い、サポートし続けるには、自分自身が学び続け、試行錯誤し、変わり続けるしかないのです。これからも前向きに進んでいきます。

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。