【メタエンジニアの戯言】セルフオーダーシステム再考
2025.11.07松林弘治の連載コラム
以前、飲食店のタッチパネルによるセルフオーダーについてコラムを書きました。先日、某有名チェーンのファミリーレストランにたまたま家族で訪問した際、方向性の違う「別解」に遭遇しました。もともとその人気チェーン店では、メニューを見ながら番号をテーブル備え付けの紙に書き、その紙を店員に渡す、というスタイルでした。2年ほど前からセルフオーダー式システムの導入が徐々に進んでいたようで、近所のお店でもついに導入されていたというわけです。しかも、店舗に備え付けのタブレットではなく、お客のスマホからの注文スタイルです。
テーブルごとに貼られているQRコードをさっそく読み込んでみると、シンプルな電卓のような、あるいはうん十年前のシンプルなwebサイトのような、そんな画面がスマホに現れました。初めて目にしたとき、「これがセルフオーダーシステム?」と少し混乱しましたが、実際に注文を進めるうちに、「なんと秀逸なポリシーと実装なんだろう」と感心してしまいました。
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メニューをみながら、注文用紙にメニュー番号を書いていき、それを店員に渡す、という、この手書き部分だけを、お客のスマホに移す、という、斬新かつミニマムなDX化、とでもいいましょうか。お客にとっては、紙に書く代わりにスマホ上のテンキーで入力するだけで、注文フローは変わっていません。UIは素朴でも、いや、素朴だからこそ、注文に過不足はありません。つまり、ユーザーにとって新たな負荷をかけずに、紙からスマホに移行できているのです。また、スマホを持ってないお客や、スマホ操作に不慣れなお客の場合は、従来通り口頭で注文できるようになっています。お店にとっても、受け取った注文用紙に書かれた一連のメニュー番号を厨房の端末で入力する代わりに、お客に代わりに入力してもらえる、というストレートな業務効率化のメリットが容易に想像できます。
紙からスマホへ。入力主体が店員からお客へ。変わったのはそれだけで、元々存在していたであろうお店の業務フローはほぼ何も変わっていないようにみえます。セルフオーダー式導入により、店員の負荷や覚え直しが増えることも防いでいることが期待されます。つくづく、すみからすみまでよく練られた素晴らしい実装と方向性だなぁ、と感心させられました。
さらに言うなれば、店側やシステムの都合の押し付けとも捉えられる(笑)オーダー番号、これを、紙によるオーダーであってもセルフオーダーであっても、お客側に負担を感じさせることなく使ってもらえているということは、地味に凄さを感じる部分です。このような、極限まで無駄を削ぎ落としたようなシステム導入は、店内でのさまざまな業務やお客の行動パターンを仔細に分析し、店にとってもお客にとっても負担にならない最適解(あるいは妥協点)を探り当てる努力の賜物なのではないだろうか、と思った次第です。
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ソフトウェア開発、特に要件定義の世界ではよく 2W1H が大事、といわれます。「What」(何を解決したいか)、「Why」(なぜ解決したいか)、「How」(どのように解決するか)、を指します。これに「Who」「Where」「When」を加えた 5W1H、さらには「How Much」を加えた 5W2H と言われることもあります。
開発現場では、往々にして「How」、つまりどのように解決するか、どのように実装するか、に力点がいきがちです。2W1H の中でも特に「Why」、つまり「なぜ解決したいか」を開発メンバ間でしっかり共有し、そこから「What」と「How」を煮詰めていくことが大事です。
実際に開発された方々にヒアリングしたわけではないのであくまで想像にすぎませんが、今回訪れた有名チェーン店のセルフオーダーシステムを体験を通じて、正しく要件定義し、正しく実装することの奥深さと難しさ、これらについて改めて考えさせられる、非常に良い機会になりました。

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。

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