メタエンジニアの戯言 : i-Learning アイ・ラーニング

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松林弘治のコラム メタエンジニアの戯言

 2022年3月7日

vol.48 豊かな文脈を取り戻せ!

今回は、小学校のプログラミング教育と、ソフトウェア開発チームマネジメントと、一見関係なさそうな2つのお話です。まずは前者の方から。

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地元の某小学校で2年ぶりに授業を行いました。2015年度より毎年「総合的な学習の時間」を使い行ってきたのですが、2020年度はコロナ禍のため中止。今回は2学年、しかも1クラスにつき6時間(2時間×3日)も割り当ててもらえました。

教員の方々との事前打ち合わせで得た情報では、2年前と比べて児童たちの姿がいい意味で変化していることを知り、びっくりしました。もちろん、その最大の要因は「GIGAスクール構想」によって1人1台端末環境が実現したことでしょう。日々の学校連絡は Google Classroom などが活用されるようになり、児童は毎日ChromeBookを持ち帰っているとのこと。

結果、パソコン室に向かいコンピュータに向かっていた「非日常の授業」の頃に比べ、パソコンは学校や家で毎日使うもの、という意識が児童や教員の間で自然に広がったのでしょう。事実、教室でも、キーボード入力や画面操作で苦労する児童が非常に少なくなっていました。むしろ、教員の方々よりも器用に使いこなしている児童が多く見受けられました(笑)

現場教員の方々の日々の尽力により、算数、理科、音楽などの教科における授業でも、GIGA端末を活用したり、Scratchやmicro:bitによるプログラミングを絡めたりし始めているようです。それらの授業はまだ拝見したことがないので、どんな雰囲気で、どんな流れで行われているか、までは分からず仕舞いですが。

ともあれ、私が初めて小学校で授業を担当し始めた6年前とは前提条件が随分と変わっているように感じましたので、今回の授業内容は安心して、いわゆる「プログラミング教育」を超えた(あるいは逸脱した)内容で組み立てることにしました(笑)

かなり実験的に「コンピュータアーキテクチャ超入門」「自然言語とプログラミング言語超入門」「アルゴリズムとデータ構造超入門」「ソフトウェア工学超入門」「問題解決思考法超入門」的な内容とし、専門用語は一切使わず小学校高学年に魅力的に思ってもらえるようトピックや流れに工夫をこらしました。また、前半ではアンプラグド(コンピュータを使わない)アクティビティも多く取り入れながら仕組みや歴史を紹介しつつ、後半では実際にプログラムで作品をめいめい作ってもらうような流れです。

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私が行った具体的な取り組みやこまごました深い狙いについては、また機会を改めてどこかでまとめて紹介できればと思っていますが、そもそもなぜ今回このような「小学校における典型的なプログラミング教育の授業」ぽくない内容にしてみたのか、だけ触れておきます。

昨年このコラムで書いたそれは、(少なくとも私が授業を行った学校においては)このままだと「文脈の希薄化」「そもそも論の希薄化」「なぞるだけ化」が進行してしまうのでは?と思ったからです。

ほとんどの学校教員の皆さんが非エンジニアで、コンピュータ工学の非専門家です。その上で、先行授業事例などを参考にされる際に「なぜこんなことをやるのか」「授業を通じて、結局児童に体験してもらいたいこと、理解を深めてほしいことは、結局なんなのか」が分からないまま、とりあえずなぞってやってみよう、となる雰囲気を感じた、ということです。

同様に、児童にとっても、「なぜこの教科でプログラミングが出てくるんだろう(いつもの授業と違って楽しそうだからいいけど)」「そもそもなんでプログラミングやんなきゃいけないんだろう」的な戸惑いがあるように感じたのです。もしかしたら、従来教科の学習も同じなのかもしれませんが。

だからこそ、「そもそもパソコンってそんな仕組みで動いてるものだったんだ!」「身近に触れているあれもこれも、そういうことだったのか!」「今わたしたちがあれこれ便利に使えているのは、世界中の数学者やエンジニアの試行錯誤と智慧のとてつもない積み重ねのおかげだったんだ!」「しかもその上で自分なりにコンピュータを操る余地があるなんてすごいことじゃないか!」そんな素朴な驚きと興奮を、歴史や文脈を、一人でも多くの児童、そして教員の方々に伝えたかったのです。その上でこそ、いま行われているプログラミング教育がますます活きてくると思ったからなのです。

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ソフトウェア開発現場においても、似たような「文脈の希薄化」のシーンに出くわすことがあります。

プロジェクト開始から数年も経過すると、関わる人数が徐々に増えていき、人の入れ替えもコンスタントに発生し、組織内での力関係も変化したりします。

そんな中、「どうしてこういうスタイルでドキュメントを残すことになったんだっけ」「この打ち合わせってなんのためにやっていたんだっけ」「そもそもこのAPIの設計をこの方針にしたのには、他にも何か選択肢があったがいろいろ議論した上で落ち着いた結果だったはずだが、他の選択肢はなんだっけ」「そもそも何を目指すプロジェクトなんだっけ」といった、さまざまな「文脈の希薄化」「そもそも論の希薄化」が起こりがちです。

その結果、「よくわからないけど、今はうまくいってるから、とりあえずそのままで」と「なぞるだけ化」だけが強化されてしまい、気がついたときには、いろんなところに綻びや矛盾が生じるケースもあります。

もちろん、そうならないように、常日頃から組織の雰囲気やコミュニケーションの変化についても目を光らせ続ける必要があります。また、「文脈の希薄化」のきざしを感じ取ったら、「そもそも」「なんで」がミーティング内で自然に(組織メンバに強制することなく)伝わるようにする、などの工夫をこらさなければなりません。

どんなに理想的にDXが進められても、自動化が進み人間の作業負荷が軽減されても、「そもそもの文脈」が組織内の共通認識から欠落することにつながってしまうのであれば、不協和が起こったり、果ては「知る人」と「知らざる人」の格差を助長するだけなのではないか。

いつも、そんな問題意識を抱えながら、さまざまなプロジェクトや活動に関わる日々です。一朝一夕に答えの出る問いではありませんが、「豊かな文脈を取り戻したい」という思いのもと、自分にできる範囲内で取り組んでいこうと強く誓いました。

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。