メタエンジニアの戯言 : i-Learning アイ・ラーニング

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松林弘治のコラム メタエンジニアの戯言

 2022年1月12日

vol.46 「役に立つから」「必要だから」の功罪

メルマガ読者の皆さま、あけましておめでとうございます。

年明け早々、危惧されていた通りオミクロン株の急激な感染拡大が始まり、今年も引き続きウィズコロナの日常となるのか、と暗い気持ちになってしまいそうです。しかし、我々が過去2年間の経験から学んだことも多いわけですから、くさらず前向きにやっていくしかないですね。

さて、話をいつものコラムに戻します。前回に引き続き、今回も学びや教育に関するお話です。

家庭で子どもの勉強をサポートする時、職場で研修を行う時、開発チームで新人エンジニアを教育する時、塾講師が保護者に説明する時、などなど、なんでもいいのですが、教える立場の人がつい口にしてしまいがちなフレーズとして、次のものがあります。
「〇〇に役立つから、△△はやっておいた方がいい」
「〇〇に必要だから、△△は学ぶべき」

実際、△△が〇〇の役に立ったことを実感しているからそう言っているわけですし、〇〇をしっかり習得するにはその基礎となる△△が必要となることが体験的に知られているから、そう伝えたくなるわけです。

一見、何も問題がないように思えますが、ここに落とし穴があります。
上記の決まり文句を発している当の本人、親であったり、教師であったり、先輩エンジニアであったりする人は、遠い昔に初めて△△に触れた際のことを思い返してください。「〇〇に役立つから・必要だから」という理由でやる気を得たり集中力を増したりしてきたでしょうか?

以下、あくまでわたし自身の経験による私感であり、客観的な統計データに基づくものではないことをお断りした上で。

まず、△△をやったら〇〇の役に立った、は、あくまで個々人の人生における「結果論」でしかないと思うのです。つまり、△△をやっていたことでその人にとってたまたま〇〇の役に立っただけであって、他の人にとっては何も役に立たなかった場合もあるでしょうし、はたまた全然違う☆☆や□□の役に立った人もいるはずです。
人それぞれの学び、目標、興味、などによって、何がどう何の「役に立つ」かは変わるものでしょう。もっと言えば、「役に立つ」という感覚すら、人によって全然異なる主観的なものなのではないか、と思うのです。

そして、個人的にもっと重要だと思うのは「役に立つから」「必要だから」というキーワードだけでは、やる気や好奇心を生む動機にはなりにくい、という点です。
すでにある程度習得した人、学んできた人にとっては、「△△をやった意義」を経験から実感しますし、「〇〇の役に立っている」と感じられますが、それすら最初から分かっていたことではなく、あくまで結果論でしかないのです。
これから学ぼうとしている人にとっては、「必要だからやれ」と言われても、全く刺さりませんし、単なる「義務感」「押し付けられ感」を助長するだけになる恐れがあるのです。
つまり、いままさに学ぼうとしている学習者への動機付け(馬の眼前にぶら下げたニンジン的な)としての「役に立つ」は、対象者によっては多少は「役に立つ」かもしれませんが、実際に役立つことの保証では当然ありえない、ということなのです。

ある学習者が特定のトピックに強く興味を抱き、もっと知りたい、と思ったとします。その後、本やインターネットでいろいろ調べて、とても難しいと感じたり、もっといろいろ基礎を知らないとトピックをマスターできそうにない、と感じたとします。このときやっと初めて「役に立つ」「必要である」ことを自分の中から強く実感し、「より深く理解するために」「より身につけるために」取り組みたい、というループが完成するわけです。

そうだとすると、教える側・見守る側にできることはなんなのか。結局いつものように、好奇心を喚起したり、内発的動機付けをサポートしたり、といった間接的な関わり方がベストなのでしょうか。
わたし自身にとっても、まだ答えは出ていません。むしろ、何の役に立つか、何のために必要かは分からないけど、その答えが明確になるまでの試行錯誤の取り組み自体が楽しいから、こうやって「学びに寄り添うとは」というトピックに取り組み続けているのだと思います。
その過程で得たり触れたりした種々雑多の知識・知見の中に、将来「もしかしたら役に立ってたのかも」と感じるものが含まれているのかもしれません。

ともあれ新年を迎えた今、さぁ、今年もまた、今まで知らなかったことを貪欲に吸収し続けチャレンジし続けていこう、と、例年と同じ感慨を抱いています。今年こそは何かの「役に立つ」ことができますように。

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。