メタエンジニアの戯言 : i-Learning アイ・ラーニング

i-Learning 株式会社アイ・ラーニング



松林弘治のコラム メタエンジニアの戯言

 2021年11月30日

vol.45 絶対値での評価、微分値での評価

アイ・ラーニングの新入社員研修2022セミナーでの3回のリモート登壇、無事…なのかわかりませんが、終了しました。企業における人材育成や人事を担当されている方々向けに、わたし自身の経験を踏まえて、エンジニア側の視点から、そして送り出す大学教員側の視点から、広義の「学び」について思うところを話させていただきました。ご参加いただいた方々にとって、なにか参考になっていれば幸いです。

そんな「学び」の話に関連して、ことあるごとにつらつらと思いをめぐらせてきたことを、自分の頭の中の整理も兼ねて、ここに記しておこうと思います。

学校では「勉強ができること≒試験の成績が良いこと」が、計測可能な指標のひとつとして存在します(その良し悪し、これからの教育のあるべき姿、といった議論はここでは置いておきます)。そして、ビジネスの現場では「企業・組織にもたらす利益や貢献の多少」が指標であったりします。例えば「営業成績」「企業イメージへの貢献」「他社との差別化が出来る技術やサービス構築への貢献度合」といったように。

つまり、ある時点におけるその人の能力や実績の量的評価、いわば「絶対値」での評価です。

企業にとっては、「成績の良い人」あるいは「より多く貢献してくれそうな人」を獲得したいのは、優秀な人材確保の上では当然でしょう(特定の物差しのみに頼ることの良し悪しもここでは置いておきます)。しかし、大学卒業後の入社したての人で、そもそも「即戦力」になる人は限りなく稀です。そして、優秀な人は、どこの企業だって欲しがるわけですから、奪い合いになります。

じゃあ、「成績がそこそこの人」「組織にあまり貢献しない(可能性の高い)人」は?

もちろん、企業は義務教育機関ではありませんから、何から何まで手取り足取り教える義務はないと思われるかもしれません。そして、組織として、貢献できない人を最終的に切り捨てる場合だってありえます。

しかし、別の見方をすれば、新卒採用の場合、つまりビジネスの世界について前提知識がほぼ白紙状態で入ってきた社員に対して、組織への貢献能力を即座に計ろうとしても、計りようがありません。皆それぞれに個性があり、得意不得意があり、興味のベクトルも異なります。世の全ての大学が「ビジネスの世界に入る前の職業訓練校」ではないわけですから、これは当然のことです。

「新卒一括採用の是非」については、ここでは話が広くなりすぎるので割愛します。ともあれ、企業や組織が、その生産性や成果を最大化し、効率化する、そのためには、高校や大学などとは異なるやり方であっても、教育的な視点が必要になる所以です。

「先輩の背中を見てあとは自分で学べ」という世界もあるかもしれませんが、いかに彼ら彼女らの知的好奇心や興味を引き出し伸ばせるか、いま身につけるべきスキルの位置付けや意味を見出してもらい、結果として能力を伸ばしていけるか、そういったことを企業側組織側が意識して試行錯誤する方が、結果として組織全体の利益に還元されるからです。

では、ひとりひとりの人材を、どのように評価し、見定めればいいのか。

それは、上述した「ある特定の時点における量的評価」つまり「絶対値」ではなく、「昨日と比べて、先週と比べて、どれだけ量的評価値が変化しているか」を「グラフの傾き」つまり「微分値」で評価する、つまり、時間の経過にあわせて、個人個人がどう成長/足踏みしているか、を見るということです。なんなら、その増減の凹凸を見る、つまり「二階微分」に注目するのもいいでしょう。

そして、その値は、人材育成する側、教育する側、ファシリテートする側のスキルの反映でもある、ということなのです。

これは、なにか偉い人が書いた本の受け売りであるとか、教育工学の権威による理論とか、そういうエスタブリッシュされた話では全然ありません(笑)。教育と学びにも関わってきた私自身の実践から体験的に得た「私的な」感触です。また、厳密に数値化したものを計測したわけではありませんので、あくまで「数学の世界の比喩」の話です。

これをお読みの方の中で「『絶対値』と『微分値』を並列にするのはおかしい。なぜなら前者は非負の値のことだからだ」あるいは「いや、能力はそもそも非負の値をとるとみなせるから、この表現で問題ない」などと脳裏をよぎった方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます、私の仲間です(笑)。それくらい厳密性を欠いた、ふわっとした物言いであることは悪しからずご了承ください。

ともあれ、ソフトウェア開発におけるチームビルディングの現場であっても、大学における教育であっても、今まで述べてきたことは等しく当てはまるのでは、と感じています。社内勉強会やプロジェクト学習などにおいても、「いま出来ている・出来ていない」だけでみるのではなくて、「いま何に興味があるか・ないか」「何に取り組もうとしているか」「以前に比べて変化したところはどこか」をみてあげることで、ひとりひとりの成長に寄り添うことができる。会社組織的に言えば、管理指導する側、ファシリテートする側がこれらを意識することで「人材を育て、結果として組織を強化する」ことにつながると思うのです。

結局「教育」「学び」というものは、学校教育現場だけに閉じた話ではないんだよなぁ、という当たり前のことを、改めて強く認識した機会となりました。

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。