メタエンジニアの戯言 : i-Learning アイ・ラーニング

i-Learning 株式会社アイ・ラーニング



松林弘治のコラム メタエンジニアのの戯言

 2021年11月8日

vol.44 「壁打ち」と「学び」と「ビジネス」

「すみません、来週あたりから、定期的に壁打ちさせてもらえないですか?」

え、この方、テニスするんやったっけ。なぜ唐突にテニスの話になったんやろう。都内で壁打ちできる公園ってすごく限られてるのに、レンタルコートとかの方がいいような気もするけどなぁ。

などと思ってしまったのですが、「話を聞いてください」「聞き役になってください」という意味で、意外と一般的に使われるテニス由来のビジネス用語なんですね。同じくテニス由来の「ラリー」(ディスカッションしたり、仕事のやりとりをしたりする)という表現も、寡聞にして知りませんでした。

ともあれ、その彼との定期的な「壁打ち」と「ラリー」が再び始まりました。

お題は、社内の全社員向けのITリテラシー向上のための組織作り、研修作り、ビジョン作り、などについてです。彼は本当に勤勉で真面目なので、本質にまでさかのぼり「公教育における学びの現状と変化の兆し、今後の展望」「諸外国での公教育の現状」などにも強い関心を持ち、貪欲に質問を投げてきます。

いろんな話題が出る中、「『教えるのがうまい』とはなにか」という話になりました。

誰が聞いても、すぐに理解できるように、平易に簡潔に説明できることがそれにあたるのでしょうか?間違ってはいないけど、それだけではない、と私は考えます。

学ぶ側が、自ら考え、自ら試行錯誤し、自ら発見し、自ら理解を深めていけるような場や雰囲気を用意してあげたり、それとなく誘導してあげたりする。時には挑発的な問いかけも含めて、対話によって学習者の内なる声を外に出してあげたり、思考行動を活性化してあげる。そんな間接的な関わりこそが、実は「上手な教え方」の主要因だと思っています。

例えば、OECDラーニングコンパス(学びの羅針盤)2030 (*1) でも「エージェンシー」「共同エージェンシー」といったことばで主体性・積極性・自律性を伴った学び、そして学習者自身と共に教員や家族、地域を含めたコミュニティの重要性について説明されています。

(*1) https://www.oecd.org/education/2030-project/teaching-and-learning/learning/learning-compass-2030/OECD_LEARNING_COMPASS_2030_Concept_note_Japanese.pdf

その他、日本の学校教育現場や教育研究現場で、長年に渡り絶大な影響を与え続けてくださった、有名な有田和正さん(1935~2014)(*2) も著書で頻繁に述べられているので、こういった考え方をご存知の方も少なくないでしょう。

(*2) https://www.kyoiku-shuppan.co.jp/tsushin/files/14as_02shakai.pdf

それにしても、社内ITリテラシー教育について考える時、ここまでさかのぼり深堀りして考えようとする彼はすごいなぁ、彼自身がしっかり「学び」を実践されているなぁ、と感心し、私も大いに刺激を受けています。

さて、その一方、彼の所属する会社は、当然ですが「ビジネス」を行う組織です。ボランティア活動ではありませんし、募金や寄付によって成り立つ慈善事業でもありませんから、組織として利益追求することは当たり前です。

さて、利益を追求していくと、顧客自身が学び、知識や知恵を持ち、実践していることと相反する場合があります。

なぜならば、顧客自身が「本当にこれに対してお金を払うことは、いまの自分に必要か」「この製品やサービスの仕組みには、意図せず継続課金されるなど、落とし穴は本当にないか」など、常に考えることになるからです。つまり、衝動的に「なにこれ面白そう」「よくわかんないけど欲しい」「とりあえずサブスク」と行動してもらえなくなるのです。ありていに書いてしまえば「会社としてはうれしくない」「素直にお金をおとしてくれない」顧客(笑)、という状態です。

会社組織としては、社員にはリテラシーを高めて欲しいし、常に学び続ける姿勢を持って欲しい。しかし、会社として提供する製品やサービスとしては、顧客にあまり利口であってほしくない(世の中がそんなビジネスばかりじゃないことは百も承知ですが、あえてそう書いておきます)。

これは、地域や国といった、より大きな組織で考えた場合、本当に健全なことなんだろうか。知識・知恵の二極化、そして結果としての富の二極化、を増幅することになりはしないだろうか(なにもわたし自身が社会主義・共産主義を志向しているわけではありませんので、そこは誤解なきよう)。

顧客に意図的に誤解を招かせようとする「うそ・おおげさ・まぎらわしい」製品やサービスは論外としても、なにかいい方法はないだろうか。

例えば、情報を積極的にオープンにすることで、顧客(利用者)に客観的に判断してもらいやすくする。そして、顧客(利用者)自身に、ますます効率的効果的に活用してもらい、学んでもらう。そして、ますます学んだ顧客(利用者)でも更に魅力を感じてくれるよう、新しいアイデアやコンセプトの製品(サービス)を生み出し続ける。

そういった「学びの健全な連鎖と循環」が、会社という組織内に閉じることなく、コミュニティや地域、国全体をも超えて回せるようになればいいのではないだろうか。

いや、そもそも、自分はこんな机上の空論を言ってる場合なのか。

そんなことを折に触れ思索を巡らせながら、待てよ、彼との「壁打ち」「ラリー」では、そもそもそこまで考える必要はないんじゃないか、など、すっきりしない気分のまま空回りしている今日この頃です(笑)

今回はいつもに増して独り言のようなコラムになってしまいました。閑話休題。

さて、彼がどういった価値観とビジョンに着地するのかは分かりませんが、こうやって考えや視点がますます広がっていく議論というのは本当に楽しいもので、次回の「壁打ち」ではどんなお題が出て、どんな議論が起こるんだろうか、と今からワクワクしています。

松林 弘治 / リズマニング代表
大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期過程修了、博士後期課程中退。龍谷大学理工学部助手、レッドハット、ヴァインカーブを経て2014年12月より現職。コンサルティング、カスタムシステムの開発・構築、オープンソースに関する研究開発、書籍・原稿の執筆などを行う。Vine Linuxの開発団体Project Vine 副代表(2001年〜)。写真アプリ「インスタグラム」の日本語化に貢献。鮮文大学グローバルソフトウェア学科客員教授、株式会社アーテックの社外技術顧問を歴任。デジタルハリウッド大学院講義のゲスト講師も務める。著書に「子どもを億万長者にしたければプログラミングの基礎を教えなさい」(KADOKAWA)、「プログラミングは最強のビジネススキルである」(KADOKAWA)、「シン・デジタル教育」(かんき出版)など多数。