開幕前は心配されていたラグビーワールドカップでしたが、日本代表の大躍進もあり、大いに盛り上がり閉幕しました。閉幕後に選手が口々にしていたのは「今回のワールドカップだけでなく、ラグビートップリーグなどのリーグ戦においても継続的に盛り上げていきたい」との発言でした。ラグビー人気を継続して、野球やサッカーなどと並ぶメジャー競技にしたいという思いから出た言葉ではないでしょうか。
また15人制男子ラグビーは元々人気の高いスポーツでしたが、このワールドカップの盛り上がりからか、東京オリンピックでの7人制ラグビーのチケットも高倍率の抽選になったとの報道もありました。また7人制ラグビーは女子種目にもあるため、女子ラグビーにも注目が集まり始めています。なぜ筆者が7人制ラグビー、その中でも女子ラグビーが気になったか。それは「セキュリティ業界」も7人制ラグビーと似ているのではないと感じたからです。
日本ラグビーフットボール協会によると、日本における女子ラグビーの競技人口は2,355人とのことです。ラグビー先進国であるニュージーランドやイングランド、オーストラリアなどの女子選手は約1万人となります。人口比率で言えば、日本選手が2万人程度いてもいいのではないかと思いますが、現在はまだマイナースポーツであり、競技人口も少ない状況です。東京オリンピックに向けては、約2,500人の選手の中から選ばれた選手が、メダルを目指すことになります。一方メジャースポーツの代表で、2020年の東京オリンピックで悲願の金メダルを目指す野球は、日本プロ野球の支配下登録選手は約1,000人弱ですが、競技人口は高校・大学野球選手だけでも合計約20万人います。同じオリンピックのメダルを目指すのに、女子ラグビーの2,500人に対し、野球は20万人という幅広い裾野の中から選手が選抜されることになります。
セキュリティ人材の育成も同じ状況です。セキュリティは一昔前では「マイナー競技」だったものが、最近は「メジャー競技」になってきており、人材育成についても従来の方法から転換する時期に来ているのです。
「マイナー競技」時代は、限られた選手の中から選手を選抜して徹底的に強化することが一般的です。では「メジャー競技」での選手育成方法はどうなのでしょうか?また野球の例を出します。プロ野球の観客動員数は年間延べ約2500万人。テレビなどでの観戦も加えるとファンは数千万人になります。数千万人の野球のルールをわかるファンがいて、前述したとおり競技人口は約20万人、そしてプロ選手が約1000人いるという裾野の広いピラミッド構造になります。
一昔前のセキュリティ業界では、少数のセキュリティに携わる技術者の中からホワイトハッカーなどの高度な技術を持った人材を育成することに取り組んでいました。そこにCTF(Capture The Flag)やSECCONといったセキュリティコンテストなどを広めることでファン層を拡大し、若者たちがセキュリティ業界に入り始めています。これは、特に高度なセキュリティスキルを持った技術者育成には必須の取り組みです。一方で、セキュリティ人材不足が叫ばれ、8万人足りない、いや2020年には20万人足りないなど、その数が益々増大している現状があります。人材を大量供給するための取り組みについては、「メジャー競技」での育成方法に学ぶ点が多いのではないでしょうか。
セキュリティ人材と野球人材を対比させると、プロ野球選手はセキュリティトップガン人材に相当、高校・大学での野球競技者はセキュリティ人材に相当、プロ野球ファンや中学生以下の野球児童はセキュリティルールがわかる人(スマホの普及やIoTの進展を考えるとほとんどの国民がこうなるべき)に相当します。
経済産業省のデータでは、野球競技者に相当するセキュリティ人材は、2016年では約28万人。これが2020年には約56万人強になると予測されています。ただし、そのうち19.3万人が不足するとのこと。加えて一般へのセキュリティ教育が実施できていないため、プロ野球ファンに相当するセキュリティルールを正しく理解している人口(セキュリティリテラシーを持った人々)、すなわちセキュリティの裾野がきわめて限られてしまいます。
つまり、現在のセキュリティ業界は、ルールをわかっている人(ファン)が少ないのに選手だけを増やせ増やせと号令をかけている状況に近いと思われます。これではごく限られたトップアスリートを育成する場合には対応できるかもしれませんが、競技人口を増やして各地でリーグを開く(セキュリティ人材の活躍の場を広める)のは難しいでしょう。
セキュリティ業界をメジャー競技化させるためには、人材育成はどうすればよいのでしょうか。野球にはポジションは9つあります。投手にも先発・中継ぎ・抑えと役割分担されています。セキュリティでもいろいろなポジションがあるはずです。エースピッチャーや4番バッターだけが注目され、セキュリティ人材の目標モデルになりがちですが、様々な経験やスキルを持った人材にセキュリティを理解してもらうことでセキュリティ人材全体の数を増やすことに寄与できます(バント上手な2番バッターや抑えピッチャーの様な役割のセキュリティ人材も必要です)。またファンを増やすことでセキュリティの理解度は高まります。セキュリティ人材にあこがれを持つことで明日を担うセキュリティ人材予備軍が増えるといった循環も必要です。セキュリティが「マイナー競技」から「メジャー競技」に移行しつつあるこの時期に、育成方法もメジャー競技流に転換する時期ではないかということを気づかされたラグビーワールドカップでありました。