イメージを描く
初めてコンピュータに興味を持ったのは、遙か昔の20代の頃。ITとは全く無縁の職場で財務の仕事をしていた時でした。ある日、上司からパソコン教室へ行くよう命じられ、何も知らないまま参加したのが表計算ソフトの入門研修でした。今では懐かしいNEC PC-9801を起動すると、黒い画面にマス目が一杯表示されました。インストラクターの指示に従い数式を入力していくと、あらら、勝手に計算してくれる。これを作った人は天才だと大いに感動したものです。
間もなく職場にパソコンが1台導入され、紙書類で行っていた財務書類の作成は表計算ソフトに置き換わりました。それまでは数字の修正が出る度に数人がかりですべてを再計算。もちろん電卓(算盤の人も)による手動計算です。しかし、コンピュータの導入はこの面倒な作業から私たちを解放してくれました。コンピュータはなんと便利なものだと初めて身近に実感した体験でした。
そんなことを切っ掛けにコンピュータへの興味が徐々に高まり、間もなく流行り初めのPC/AT互換機を購入。今のようにインターネットも無い時代なので、様々な書籍を入手しながら夢中でコンピュータについて勉強しました。
とは言え、殆ど予備知識が無い中での学習です。残念ながら周りにコンピュータに詳しい人もおらず、誰にも何も訊けない。取りあえずは自分の部署の業務効率化を目指しオフィス系アプリケーションの学習を自前でコツコツ続けるものの、解らないことが多いとやはり楽しくはありません。何度も挫折を繰り返しながらの学習でした。
そんなことが続くと、必然的?にコンピュータへの興味は違う方向にも向かいます。高額な投資を回収するには、コンピュータでもっと楽しまなければなりません。ということで、当時のパソコン雑誌で評判の良いゲームなどに手を出すことになったのでした。
当時、PC/AT向けのゲームといえば殆どが海外製でした。秋葉原で目当てのゲームを見つけて購入し、期待に胸を膨らませながら自宅のPCにインストール。いざ、起動。。。しない。
当時のPCは、Windows3.1がやっと流行り始めた時代。OSはMS-DOSでした。MS-DOSはリソース制限が厳しく、ゲームのように重いプログラムを動かすためにはメモリーの解放が必要だったのです。
そのような事など知るはずもない私は一から情報を集め直し、見よう見まねでPCの設定変更を繰り返し、毎日夜なべの日を続けるのでした。ただ、ゲームを起動するだけのために。そしてほぼ1ヶ月を経た頃、奇跡的にそのゲームは起動したのでした。
やっと起動できたゲームの方はともかく、何も解らない中から一見無駄とも思える作業を続けてきたこの1ヶ月は、私にとって大きな転機となりました。頭の中に、僅かながらコンピュータのイメージが描けるようになっていたのです。そのイメージにより、今まで解らなかったことが次々と繋がっていくようになりました。コンピュータは面白い!理解が進む歓びに更にのめり込んでしまった私は、気が付けばIT業界に転職していました。
IT関連の仕事に携わるようになってからは、当然ながら学ばなければならない事は比べものにならないくらい多くなりました。しかし、一人で学習していた状況に比べれば圧倒的に学ぶ環境は充実しています。何より有り難かったのは質問できる人が近くにいること。先輩や同僚からの豊富な知識と経験に根ざした説明は、かつて私が1ヶ月を要して得ることができたようなイメージを短時間で私の頭の中に描いてくれたのでした。マニュアルを読むだけでは描けなかったイメージが目の前に現れる。ドキュメントから得られる情報にはもちろん大きな価値がありますが、人の口から発せられる言葉や表現には、文字とはまた違う大きな効果があることに改めて気付かされました。
そんな私もいくつかの現場を経つつ、縁あって現在の研修の仕事に就くことになりました。今度は私がお客様の頭の中にイメージを描く番です。かつて先輩や同僚から学んだ言葉の力、大切さを改めて思い出しながら取り組みを始めました。
私はIBM AIXやLinuxを中心としたインフラ系の技術研修を主に担当しています。入門コースも多いため、その技術に初めて触れる方が多く受講されます。
そのようなお客様を前に思い浮かべるのはかつての自分。解らなかったことは何なのか。何を知りたかったのか。そして理解できたときの喜び。その時の思いを忘れないように。
そして、かつて一人で格闘した1ヶ月の成果を、お客様にこの研修期間のうちに達成いただけるように。
このようなことを目標に、まだまだ工夫を重ね、頑張らねばと想う日々なのであります。