i-Learning 株式会社アイ・ラーニング

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iLL連載コラム:ATDコンファレンスから見たラーニングの潮流


第七回:脳科学とモチベーション(2)

脳の機能

私たちの脳は生命を維持するために、多岐にわたる活動に関わりますが、人間らしい脳として、高次機能と呼ばれる機能も発揮します。それはさまざまな出来事に注意を払ったり、記憶や思考をしたり、判断をしたり学習をする機能です。

エネルギー配分の優先度で考えると、これらの機能よりも先に、呼吸や体温、心拍を調整する脳幹がまず優先されます。次に睡眠や食欲など生命の維持に必要な機能を運用する中脳がエネルギーを使い、さらに自律神経系やホルモンの調整をおこなう視床下部などの間脳に配分され、その後やっと学習に関わる大脳辺縁系や高次機能を司る大脳新皮質にエネルギーが供給されます。ちょうど、「衣食足りて礼節を知る」、マズローの欲求の5段階説のように、生存のための欲求が満たされてのちに、自己実現の欲求を満たそうとするのと似ていますね。

Use it or Lose it

このような脳のエネルギー使用の優先順位のために、学習を意図的に行うには、何らかのモチベーション・トリガーを使って、意識的にエネルギーを方向づける必要があるわけです。

また、新しいことを学ぶためには神経細胞が繋がって、新しい回路を作ることが必要になりますが、子供の頃はすぐに繋がったものが、大人になると繋がりづらくなるので、より大きなエネルギーが必要になります。だから新しいことを始めることや、学び続けることがだんだん億劫になるんですね。人間の神経細胞の数は2歳ぐらいがピークと言われています。使わない細胞はどんどんカットして脳全体の情報の伝達効率を上げるんだそうで、そのために新しい繋がりを作ろうとすると、子供の時以上に頑張って繋ぐ必要があるということのようです。これが神経細胞の「ユーズイット、オア、ルーズイット(Use it or Lose it)の原則」だとのことですが、新しいことを学ぶのは、脳が物理的にしんどい事なんだと思い直して、時には自分で自分を励ましたり、楽しいことと抱き合わせにしたりして学びを始めましょう。逆に考えると新しいことを覚えたり考えたりしないと、ますます神経細胞はカットされてしまうので、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」というのは、ありがたい言葉ですね。

脳の活性化にはモチベーション

脳の高次元の機能をしっかり使うためには、意識的に脳を働かせる必要があります。それを促進するのが前回お話しした、モチベータであり、脳の中でいろんな機能を活性化させるモチベーション・メディエータと言われる脳内物質でした。

例えばある人は学習する前に必ずクラシック音楽を聴くそうですが、特に困難な問題に関わる時にはベートーベンの曲を聴くそうです。音楽であったり、特定の場所であったり、あるいは著名な人の名言だったり、人によってモチベーションのトリガーは異なりますが、最近引退宣言をしたイチローの、バッターボックスでのルーチンなども、自分のやる気を高めるモチベーターですね。自分にとってのワクワクすること、やる気を起こさせる媒介物を見つけることが、とても大切です。 コーヒーの好きな人でコーヒーを淹れて、それを眼の前に置き、香りを嗅いでやる気を出しながら、それを飲まないで学習するという人もいます。いろんな工夫がありますね。何れにしても脳の中でドーパミンが出て、やる気と気持ちよさに包まれると、学習が進みます。

学習のためのエネルギーを出すには

さて、皆さんは新しいことを学ぼうとする時、どんな気持ちでしょうか。好奇心が湧いてワクワクドキドキという方もいると思いますが、「新しい」とか「異質のこと」と聞いただけで、何だか警戒心とか不安な感じを覚える方もいらっしゃるでしょう。人類の太古からの歴史では、新しいものは常に危険と隣り合わせでした。したがって「見知らぬもの」とか「経験のない事態」に遭遇すると自己防衛的になり、新しいものを避けようとするのはとても大切なことでした。一方で人間が進化してきたのは、未知のことを知ろうとしたり、新たな経験にチャレンジしたりしてきたからです。未知のことは危険でもあり、新たな価値の可能性でもあります。ただ現代では、新しいことにつきまとう、物理的な生死に関わる危険は極端に無くなっているので、好奇心を発揮するためには、心理的に安全な場をいかに作るかということが大切になります。先ほどのルーチンや好きな音楽、場所などはその意味でも効果的ですが、そのように自分で心理的安全を図るとともに、企業ではマネジメントやチームの仲間が、お互いに心理的安全な場として職場の風土を作っていくとこも大切です。お互いになんでも言い合える場であり、個人の心の垣根が低めの職場です。

「新しいこと」「異質なこと」に関わる場合の不安は、その先が不確実だったり、曖昧だったりどうなるかわからないことから生じます。それらの不安を払拭するために、ゴールを明確にすることや目的をみんなで納得することは、心的安全な状態に向かわせる意味合いがあります。モチベーションを起こしてドーパミンを放出することで、学習のためのエネルギーを出すのです。

アイ・ラーニングラボ 片岡 久